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真葛香山 史料収集(5)パリ万博で再審査!?

みなさん、こんにちはー。

無事アメリカ出張からも帰国し、ばたばたと過ごしておりました。

ブログの更新が遅くなってしまいましたが、以前このように書かせて頂きました。

「次回のブログでは、1900年の巴里万博に関する興味深い話をご紹介したいと思います。

現地に赴いていた二代宮川香山のおかげで、西洋と日本が互いの技術について教えあい、技術の交流が生まれたというエピソードです。 」

今日はそのお話を、、、。


ここに、昭和4年に博覧会倶楽部が出版した「海外博覧会本邦参同史料」という本があります。

その中に、シカゴ万博や、パリ万博の際、現地へ赴いていた綿野吉二の論文が掲載されています。

まずは綿野吉二という人物について引用させて頂きます。
(綿野吉二(わたのきちじ) 1860~1934  石川県金沢に生まれる。父・源右衛門の代から綿野商店として九谷焼の輸出を始めた。明治10年(1877)に父の後を継ぎ、神戸に支店を出し、同12年(1879)にはパリに直輸出をおこなった。同13年(1880)には横浜に支店を移し、九谷焼の海外輸出に力を注ぐとともに、同20年(1887)には金沢の本邸に錦窯(上絵窯)を築き、天籟堂と称して九谷の粗悪品乱造の防止につとめた。同26年(1893)のシカゴ・コロンブス世界博覧会には、官民一体となって推進することを目指し、石川県出品協会の理事として参加した。 (「万国博覧会と近代陶芸の黎明」より)


綿野は、明治33年4月から開催されたパリ万博に、在外評議委員、博覧会協会役員、石川・神奈川両県の出品人総代として、渡航していました。

パリには、二代宮川香山も現地入りしており、綿野と国立博物館の視察など行動を共にしていました。

その結果として次のような成果があったと、綿野は語ります。


「当時日本の陶磁器出品は、窯変ものが多く、辰砂、生子、青磁等が大部分を占めていた。

これらは言うまでもなく、支那から渡った技術の発達したもので、特徴は種々あるが、その最も著名なる特徴は、重い釉を高台の所でぴったり止めて、座りにざらざらを作らぬ事である。

然るに、当時欧州の当該出品物はいづれも釉の垂れ下がったのを、砥か金剛砂で磨って、平滑にしたので、我々からみれば最も拙劣な、味のないものであった。

ところがさて出品審査をされてみると、このような点は全然無視され、外見の見てくれが華やかだといった様な点で欧州物のみ賞に入って、日本の出品は甚だ不成績である。

そこで、我々は、「かくのごとく陶磁器に砥や金剛砂の後をこしらえるようなものは、東洋では無価値とされているのに、この結果は、甚だ怪しからぬ」と抗議を申し込んだ所、委員連、就中彼のシエーブル博物館長の如き、有力な共鳴者が出て、陶磁器だけ再審査をする事となり、その結果日本品に有利な成績を見る事ができ、また日本品の価値を大いに宣伝することが出来たのであった。

さらにおもしろいのは、私らのこの抗議に対して、欧州の人々は「重い釉を高台でぴったり止める事は不可能だ」等と言ったのであったが、先に交歓を試みたシエーブル博物館長はさすがに注意をよせ、この点について研究したいと希望したので、

私らはその道の大家 宮川香山氏に説明を依頼して、大いに相手方を啓蒙すると同時に、フランスの製陶技術の奥義について色々と教えられる所があった。

その後、フランスの製陶界では、大いに覚醒し、継ぎの博覧会には日本の製品と変わらない出来栄えを見せたのであった。」(昭和4年 海外博覧会本邦参同史料 巴里萬国博覧会 綿野吉二より)

DSC07225.jpg

現地で二代香山が、重い釉をぴったりと高台のところで止める技をフランスの人々に指導し、また日本もフランスの製陶技術の奥義を教えてもらった、というエピソードなのです。

なんとも良い話ですね~。

こうやって日本と西洋はお互いに技術交流をしていって、影響を与えあってきたのでしょうね。

(重い釉の高台部分の処理に関する観賞のポイントも教わった気がしますね。)


また綿野は、初代香山がパリ万博に出品し大賞を受賞した大花瓶についても語っています。

故人を讃える言葉です。

今日はその言葉で、ブログの最後を締めくくりたいと思います。


「それは稀代の逸品だったので、日本に持ち帰ると直ぐに、宮内省のお買い上げの光栄を得て、現在は二重橋を入った表玄関に光彩を放っているのである。

一般の評は国宝に値すべしとの事であるから、墓の下の香山も、満足して,安らかに眠れるであろう。」


今日もブログを見て頂き、有難うございました。


眞葛 博士

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コメント 2

whitered

おはようございます。細野さんたちの抗議が認められて良かったですね。それに、陶磁器の制作方法において、東西交流ができたのも良かったです。
by whitered (2010-07-15 10:10) 

makuzu

whitered さん 
いつもブログを訪問下さり、本当に有難うございます。励みになります。
whitered さんのブログの「うそつき襦袢」についても、楽しく読ませて頂きました。おもしろい名前がつけられているのですね。日本人のちょっといたずら心があるユーモアが、ほほえましいですね。
by makuzu (2010-07-19 11:02) 

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